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2021年、日本のDX推進のカギは「オーナー企業」トップダウンが加速の要因に

村上和彰氏

2020年に起きた新型コロナウイルスの世界的流行は生活様式や企業活動を一変させ、デジタルトランスフォーメーション(DX)に着手しているか否かが企業の明暗を分けたと言っても過言ではないだろう。大企業と比べて後れをとっている地方の中小企業は2021年にいかにしてDXを推進していくべきか、中小企業のDXを支援する株式会社DXパートナーズ代表取締役・九州大学名誉教授の村上和彰氏に話を聞いた。

村上和彰氏:2015年末に九州大学教授を早期退職。九州大学名誉教授。在職中、情報基盤研究開発センター長、情報統括本部長を歴任。公益財団法人九州先端科学技術研究所副所長も兼務。「BODIK (ビッグデータ&オープンデータイニシアチブ九州」の設立者であり、九州の地方自治体のオープンデータ推進に尽力。2020年4月、九州・福岡の中堅、中小企業のDXをサポートするために株式会社DXパートナーズを創業、代表取締役社長に就任。

2020年の注目企業「シャープ、アイリスオーヤマ」の共通点
日本のDX加速は「オーナー企業」がカギを握る

コロナ禍で社会状況が一変した2020年。変化に対応して成長した企業もあれば、伸び悩んだ企業もあると村上氏は振り返る。「2020年に注目したのは、異業種からマスクの生産を開始したシャープやアイリスオーヤマのように変化を捉えて、顧客の求めるものを提供した企業です。状況の変化に対して対策を講じることができたかどうか、たとえ一発目で正しい手を打てなくても、複数の打ち手を出してヒットを出す姿勢が企業に求められています」。

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マスク製造工場イメージ

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2021年度予算案ではデジタル関連は約1兆円にのぼり、官民ともにDXが加速すると期待されるが、村上氏は「東京ではDXに投資する企業が多いが、意味のある投資になっているかどうかは疑問が残ります。本質的なDXとは顧客にとって価値のあるものを世の中に出していくという変革のことですが、最近注目されているはんこレスや電子署名といったものは、オフラインのオンライン化であり、モノをデジタルに置きかえているだけで本来のDXとは少々異なります」と村上氏。実際に企業からは「DXにどのように取り組めばよいかわからない」という声が多くきかれたという。

会議の様子

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地方企業の現状はどうだろうか。「地方企業はマーケットが小さく、スケールメリットが得られにくい上にデジタルに関する情報が遅いという弱点があるため、DXが進んでいません。しかし、オーナー企業の多い地方は大企業よりもDXに取り組みやすいという強みもあります。大企業では数年かかる変革も、オーナー企業であれば意思決定をトップダウンで行えるため迅速にDX推進へと舵を切ることができます」と、地方企業こそDXを進めていくべきだと村上氏は強調する。

2021年、日本企業のDXは推進される?重要なのは◯◯視点

男性がスマートフォンを操作している

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2021年は企業間の差が広がる1年になると村上氏は予想する。「顧客の求めているものをスピーディーに出していけるか否かで、同業でも明暗が分かれる年になるのではないでしょうか。アメリカでアマゾンが1万軒ほどの小売店を廃業に追い込んだアマゾンエフェクトは記憶に新しいですが、これに似た状況がここ1、2年の内に日本で起こってもおかしくありません」。

また、顧客が求めているものを捉えてビジネスに活かす企業は成長するが、顧客視点を持てない企業はどんなにデジタル技術を導入しても伸びないという。「DXというと最新技術を活用したデジタル色の強いものと考えがちですが、デジタル化は結果に過ぎません。たとえばライドシェアサービスのUber(ウーバー)や民泊仲介サービスAirbnb(エアビーアンドビー)などの人気のサービスがシェアしているものは座席や部屋というアナログなもの。それを支えている仕掛けが先進的なデジタル技術とデータ活用という構造です。デジタル技術は縁の下の力持ちということを忘れてはなりません」。

地方の中小企業がDXを成功させるには

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では、地方企業がDXを成功させるためには何から手をつければよいだろうか。地方のDXが進まない主な原因は「DXをしなくてはならないという動機づけが弱いこと」であると村上氏は指摘し、まずは経営者の意識と企業文化が重要だという。

「経営者が納得しなければDXに投資できません。経営者と社員の両方が変わらなくてはいけないということを実感できれば、トップダウンで動ける中小企業の方がDXを成功させる可能性は高いかもしれません」。

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また、失敗を許しトライアンドエラーできる企業文化を作っていけるかどうかも重要となる。「DXの成功には”習うより慣れろ”の精神が大切です。まずは、顧客の問題(困りごと)は何かというところからサービス・製品を考え、デジタル技術を活用してすばやく試作品を作り、提供するという一連の流れを体験してみること。そして失敗から学ぶことが重要です。変化の激しい時代だからこそ、失敗から学びながら製品・サービスを打ち出していくプロセスを社内で確立していきたいもの。デジタル技術はお金で買えても、自社に合った問題解決のプロセスは自分たちで作り上げるしかありません」。

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中小気企業のDX推進に必要な「3つの思考」とは

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村上氏が代表取締役を務めるDXパートナーズは、2020年に公益財団法⼈福岡県産業・科学技術振興財団とDX人材育成事業で連携をとるなど、DX人材育成の需要はふくらんでいる。

DX人材というとデータサイエンティストやAIに詳しい人を思い浮かべがちだが、そういう人はチームに1人いればよく、むしろ重要なのはチーム全員が「データ思考、デザイン思考、デジタル思考」の3つの思考を身につけることだという。

データ思考…データに基づいて考えること
デジタル思考…デジタル技術の存在を前提にものごとを考えること
デザイン思考…仮説、試作、検証を重ねる問題解決の考え方のこと

「データ思考は顧客が何を望んでいるか仮説を立て、どの仮説が正しいかデータに基づいて判断するというもの。デジタル思考は、たとえばスマートフォンを持っていることを前提にサービスを考えたり、顧客がデジタルに対してどう思っているかに考えを及ぼしたりする考え方のこと。何でも闇雲にデジタル化するのではなく、デジタルの存在は当たり前のもので、顧客が求めているニーズはどういったものなのかをしっかり考えることが重要です」。

デザイン思考は昔からあるものだと村上氏は前置きしつつ「今の時代は奇抜な面白いものを作ることよりも、顧客の問題を解決するために何をしたらいいかを考えることが求められており、その課題設定にデザイン思考が役立ちます。よい課題を設定しなければつまらない答えになってしまうため、課題設定は大切です」とその重要性を語る。

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村上氏は、2021年にDXを成功させるためには”3つの思考”を身につけてほしいと締めくくる。「3つの思考ができる社員を育てたり、失敗を許し挑戦する企業風土を作ったりすることで、会社の魅力が増して人材が集まります。土地や工場は大きな資産がなければ購入できませんが、デジタルやデータは個人や中小企業も活用できます。2021年かはわかりませんが、近いうちに大企業に匹敵するサービスを展開する中小企業が現れます。これから面白くなりますよ」。

ライター:平川朋子

平川朋子

IT系の出版社を経て、フリーランスのライターに。主な領域はITやBtoB関連。企業のWebサイトやプレスリリース、パンフレットの制作などにも携わっている。

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