事例 実践

なぜ?自走ロボット、AIカメラARグラス…老舗企業がDXに取り組む真の目的

電力関連システムの開発販売を手掛ける正興電機製作所(本社:福岡市博多区)は、人工知能(AI)などのデジタル技術を活用し、事業の幅を広げつつある。新型コロナウイルス感染対策製品として自走する消毒ロボットや検温システムを相次いで発売するなど、同社にはこれまでない製品を手がけている。

なぜ創業100周年を迎える老舗企業が自社の技術や文化にとらわれず、急速に進むデジタル化へと舵を切ったのか―。正興電機製作所オープンイノベーション室長(新事業営業部長を兼任)の山本公平(やまもとこうへい)氏に、その目的や取り組みについて聞いた。

山本公平氏:大学卒業後自動車部品会社で勤務し、福岡市役所に入庁、市役所では主に国際的な事業に従事し、世界数十か国を訪問。アジア美術館の設立、主要都市の調査・研究や国際共同事業などに参画する。その後、データ連携プラットフォームを扱うスタートアップ企業に勤め、2019年9月より現職。現在は、国内外のスタートアップを中心に多様なAI/DX企業などとの協業を模索している。

【関連記事】
【DX事例】創業110余年の餅店 AI&ロボット導入で経営課題解決

教育業界のDX事例「ネット部活、VR水泳」で授業風景がガラリと変化


新しい成長エンジンを求めて
AIやロボットなど新しい分野への進出

正興電機製作所は1921(大正10)年創業の福岡市に根を置く地場企業。電力制御システムや受変電設備など電力会社向け設備の製造販売を主力にしている。しかし、既存のインフラ・エネルギーだけでは成長には限界があるとの危機感から、AIやロボットなど新しい分野への進出を考えていた。

開発を手掛けている、複数の検温システム

開発を手掛けている、複数の検温システム

そこで、自社にはない技術を持つ企業や大学と日常的な交流を図る「オープンイノベーション室」(SEIKO OPEN INNOVATION LAB、略称SOIL)を2020年1月に設置。外部との協業によって新しい事業を創業し、社員への刺激にもしようという狙いだ。正式な配属メンバーは、山本公平氏をはじめとする3人だが、フロアは社内のどんな部署でも、誰でも使うことができるという。

山本氏は「AIなど新しいテクノロジーはビジネスとして必要だと以前から感じていましたが、自分たちだけでゼロからやるのは難しい。外部と連携することでアジャイル開発に挑戦し、ビジネスの可能性を広げていきたいと考えています」と話す。

注釈)アジャイル開発:最初から完璧な完成図を描くのではなく、状況の変化に柔軟に対応しながら短期間で開発とテストを繰り返すこと。

新型コロナ対策製品を次々にリリース

外部との連携は、早速芽吹きつつある。2020年冬、同社は新型コロナウイルス感染対策の製品を相次いでリリースした。AIカメラで人の顔を検知して検温結果を印刷できるシステムと、消毒液を噴射する自走ロボット。どちらも、海外の企業と手を組んで生まれたものだ。コロナ禍で人手不足の医療機関や、来店客の検温に人手を割かれていた商業施設のニーズを見据えたもので、同社にとっては新しい市場だ。

自走する消毒ロボット

自走する消毒ロボット

検温・印刷システムは、ネパールのIT系スタートアップに開発を委託。1ヶ月かかると考えていた開発はたった1日で完了した。企画から発売までわずか約1ヶ月のスピード開発だった。

消毒噴射の自走ロボットは中国の会社が開発したものを基に、日本市場向けに正興電機が改良やカスタマイズを重ねている。「ネパールの企業も中国の企業も意思決定が早く、自社だけでやるよりも圧倒的なスピード感でした」と山本氏は振り返る。

なぜDXが必要?若手・中堅チームの目的とは

外部からの刺激だけでなく、内側からの変革も進めている。正興電機ではデジタルトランスフォーメーション(DX)を推進するため、2020年3月に「AI/DXチーム」を編成。各部署から20〜30代の若手・中堅社員ら11人を集めた。「Lean by Doing(実践しながら学ぶ)」を掲げ、メンバーが社内の業務改善やデータの利活用に取り組んでいる。

AI/DXチームによる課題やアイデアをまとめている共有ツール

AI/DXチームによる課題やアイデアをまとめている共有ツール

チームは自主的に活動するのが基本。活動の流れは、こうだ。メンバー各自が感じている業務の改善点や取り組んでみたいアイデアを情報共有ツールに投稿。週1回のミーティングで課題設定と目標数値などの実行計画を決める。その後は分担して各々が作業に取り掛かる。プロジェクトが終われば検証し、結果データは全てアーカイブして「実績」として積み上げていくー

活動の一つの例が、社内業務の電子化・ペーパレス化だ。各部署のビジネスプロセスを分析しながら電子化できる業務を細かく洗い出し、電子申請やクラウドツールの導入に切り替えるなどの効率改善に取り組んでいるという。他にも問い合わせに対するFAQの整備や、AIチャットボットの導入にも挑戦中だ。

チームでは、「とにかく実践してみる」ことを重視。「会社に言われたことをやっているだけでは、トランスフォーメーション(変革)なんてできませんよね。新しいツールも自分でやってみることで、できることと、できないことが理解できる。その繰り返しが、新しい付加価値やアイデアを生み出す力になっていくんではないでしょうか」と山本氏。

DXというと、AIやIoTなど技術そのものに目がいきがち。しかし、社内の人間が自由にアイデアを出し合い、組織として挑戦することに前向きな文化にしていく。それが、正興電機がDXに取り組む真の目的なのだ。

【関連記事】
【DX事例】創業110余年の餅店 AI&ロボット導入で経営課題解決

教育業界のDX事例「ネット部活、VR水泳」で授業風景がガラリと変化

AIカメラにARグラスの開発に続き、
5Gを使った巡回警備ロボットの実証実験も

正興電機は今、スタートアップのHMS(福岡市)との協業に力を入れる。HMSは、AIを内臓した産業用カメラやARスマートグラスを開発販売しており、その技術力は大手企業も注目している。

metamorworks- stock.adobe.com

産業用AIカメラは、人の目や手が必要だった製品の検品やピッキングの自動化が可能。ARグラスは眼鏡型の次世代ディプレイで、現実空間に2D、3Dの情報を浮かべながら操作したり、遠隔地の人と同じ仮装空間上で情報のやりとりができたりする。

これらの製品を活用し、遠隔地からの工場の点検や保守管理、作業の自動化を図るDX支援システムの開発を進めている。まずはインフラや製造業、物流業向けにサービス展開を目指しているという。

2020年11月からは、5G(第5世代移動通信方式)を使ったリモートファクトリーや巡回警備ロボットの実証実験もスタート。NTTドコモ九州支社と警備会社のにしけい(福岡市)、福岡県古賀市との共同で取り組む。

企業のAI導入の機運が高まる一方で、概念実証(PoC)止まりで断念するケースも少なくない。正興電機は、その壁をどう乗り越え、新規事業を創出していこうとしているのか。

「AIソリューションが成功している例はまだ多くはありません。私たちの会社が得意とする分野で、新しく生み出せる付加価値は何なのか。あくまでビジネスとして成立するかを見極め、現実的なソリューションの提供を目指していきます」と山本氏。「DXが目的なのではなく、ビジネスの可能性を広げていくために会社には何が必要なのか、という視点で常に考えています」。

平田紀子

元記者のライター。九州の企業や観光分野を中心に取材やインタビュー、記事執筆に携わる。最近は映像周りのコトを勉強中。