事例 知識

「スマホで災害シミュレーション」災害多発時代に誕生したアプリ「防災GO」

もし今この瞬間に自分が住んでいる場所で災害が起きたとして、あなたは最寄りの避難所がどこにあるか知っているだろうか?避難所の場所はわかっていても、そこへ向かう途中に危険な箇所があるかどうか把握できていない人が多いのではないだろうか。

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豪雨や地震などの災害が多発している昨今、誰もが防災リテラシーを持っておきたいものだが、被災者になるまで当事者感覚を持つことはなかなか難しい。そんな中、ゲーム感覚で楽しみながら地域の防災情報を学べると注目を集めているスマートフォン向けアプリがある。位置情報データと地域の防災情報を組み合わせたアプリ「防災GO」だ。

開発の経緯や意外な機能、苦労した点などについて、同アプリの開発者の1人である福岡工業大学の森山聡之教授に話を訊いた。

災害シミュレーションや避難行動のスコア化…特許技術を活用しゲーム感覚で防災を学べる「防災GO」

福岡工業大学社会環境学科 森山聡之教授

福岡工業大学社会環境学科 森山聡之教授)

 防災GOは、楽しみながら防災意識を高めてほしいという思いから福岡工業大学社会環境学科の森山聡之教授と上杉昌也准教授の両研究室と建設コンサルタントの株式会社CTIグランドプラニング(福岡県)によって2021年2月に開発された。

 

防災GOアプリの画面には土砂災害などが懸念される箇所がマップ上に現れている

(赤色:災害時に土砂災害が懸念される場所、緑色:避難所の場所、黄色:福岡工業大学の学生が独自に調べ、今後土砂災害の発生が疑われる箇所を指している)

アプリを開くと、ユーザーの現在地の地図が表示される。地図上には水害時に浸水しそうな場所や土砂災害が発生しそうな場所、指定避難所が色別に反映されており、実際に街を歩いて危険箇所に近づくとその場所にちなんだ防災クイズが出題され、ゲームを通して避難ルートを学んだり、その地域の防災リスクについて知ることができたりする。クイズに正解するとプレイヤーやチームにポイントが付与される機能もあり、学校や地域の避難訓練で楽しみながら活用してもらいたいという狙いだ。

クイズが出題されている防災GOの画面

(さまざまな防災クイズが出題され、楽しみながら防災知識を高めることができる)

その他にも自分が今いる場所がどの程度浸水するか疑似体験できる洪水のシミュレーション機能や、避難行動を分析してスコア化する機能もある。またコロナ禍においては、密を避けるために集団で移動する避難訓練はなかなか行いづらい状況だが、防災GOを利用してオンライン上で避難訓練も実施できるようにもなるという。

現在は福岡工業大学周辺にのみ対応しており、開発関係者だけが利用できる実験段階で、一般利用に向けて開発を進めている。2020年には防災課題の解決を目的とした公募プログラム「防災テックチャレンジ presented by Mistletoe」にてアイデア賞を受賞しており、同アプリへの社会的関心の高さが伺える。

とくに注目すべきは、追加で実装される予定の「高所に避難したかどうかを判定する」機能である。アプリ内で、洪水や津波といった仮想の災害を発生させて実際に高所に逃げる避難訓練をしてもらい、どの程度の高所に避難できたかを判定するものだ。

森山教授は「我々が特許を取得している技術の1つに『高所に避難できたか判定する仕組み』があります。スマートフォンにもともと内蔵されている気圧計や加速計、GPSなどの機能を使ってユーザーの現在地の高度を測る技術で、静岡大学の鈴木教授や事業創造大学院大学の杉本等教授と共同開発しています。この機能を活用して避難訓練に役立てていただくことはもちろん、ユーザーがどのような経路を選んだか、避難完了までにかかった時間やどの程度の高度の場所に避難できたかなどのデータを集めたいと考えています。その地域における逃げきれた場所と逃げられなかった場所が判明するため、逃げられなかった場所には避難タワーの建設を検討するなど地域の防災対策を見直す一助になるのではないでしょうか」と語る。

災害多発時代を生き抜くために、防災リテラシーの向上を」アプリ開発に懸ける思い

水工水理学を専門とする森山教授は、センサーを用いた川の流域モニタリングなどの研究に取り組んでいる。研究活動を続ける中で、豪雨による大規模水害が毎年のように日本各地で発生するようになったにも関わらず、住民の防災リテラシーはかなり低いという現状に問題意識を持っていた。

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tatsushi- stock.adobe.com

2019年にNTTドコモモバイル社会研究所が実施した調査では、10代から70代の男女におけるハザードマップの認知状況は約30%で、紙で所有している人は約15%、スマートフォンなどにダウンロードしている人は約2%と報告されている。内閣府が2007年に発行した防災白書では、国民の災害に関する意識や知識の不足が指摘されており、災害の発生直後は防災意識が高まるものの、時間の経過につれて防災意識が薄れることが報告されている。)

「自分の家が土砂災害警戒区域や浸水想定区域に含まれていることさえ知らない方が多いのが現状で、自宅から避難所までの避難経路を確認していない方、ハザードマップを見ていない、どこにしまってあるかもわからない方も大勢いらっしゃいます。毎年授業で水害が起きた場合に自宅からどのように避難するかを考える課題を出していますが、やはり把握していない学生が多いです」と、防災リテラシーの向上が課題であることを指摘する。

「防災の第一歩として、まずは自宅近辺の避難経路や危険な箇所を把握していただくことが大切です。その他にも、自宅で避難する場合を想定した備蓄ができているか、地域の協力体制が整っているかなど確認すべき点は多々あります。災害時は自分の身は自分で守ることが基本です。過去には災害が起きた後に避難勧告が出るという事例もありました。災害に慣れていない自治体も多く、非常時にあてにできるとは限りません」と続ける。

身近な災害のリスクを把握し、住民の防災リテラシーを向上するためのよい方法はないだろうか。そう考えていた森山教授は、とあるアプリとの出会いをきっかけに防災GOの原型となるアイデアを思いついた。

それは、2016年にリリースされるやいなや一大ブームを巻き起こした位置情報ゲーム「ポケモンGO」だ。

同アプリが巻き起こす社会現象を見て、インスパイアを受けたと森山教授は語る。「若者だけではなく、中高年世代などさまざまな世代が夢中になっている様子から、位置情報を使ったゲームアプリは防災情報を伝えることにも活かせるのではないかと思いつきました。身近な場所に足を運んでクイズを解くとポイントがもらえる…といったゲーム性を持たせたアプリなら、多くの人に試してもらえるのではないかとひらめいたのです」。

こうして2017年に発案された防災GOは、2019年には国土交通省の補助金事業に採択され、開発がスタートした。

防災GOを多くの人に利用してもらうには?気になる今後の展開

2019年から開発を始めた防災GOは、森山教授と上杉准教授の両研究室と株式会社CTIグランドプラニングの3者が合同で開発している。

福岡工業大学社会環境学科 上杉昌也准教授

福岡工業大学社会環境学科 上杉昌也准教授)

森山教授は防災に関わるデータを担当し、国土交通省や各都道府県が保有するデータの中から浸水想定区域など災害の被害を予想するデータや過去に発生した災害のデータをピックアップしたり、教授が独自に蓄積している災害に関するデータもアプリに反映したりしているという。

都市地理学を専門とし、都市の防災に関する研究に取り組む上杉准教授は、地理情報システムのデータ処理を担当している。また、両研究室に所属する学生がアプリ内で出題される防災クイズの作成を担当し、地域の方に知っていただきたい防災情報を取り込んだクイズを100問以上も考案した。

河川やダム、道路といった社会インフラに関する企画から維持管理まで幅広く手がける建設コンサルタントのCTIグランドプラニングが実際にアプリを形にして仕上げる制作部分を担当している。

防災GOは、各地域の防災事情に合わせたクイズを作成する必要があるものの、基本的には浸水想定区域や土砂災害警戒区域など一般に公開されているデータを活用するため、日本全国どの地域にも対応可能だ。

現在は、福岡県古賀市、長崎県島原市、熊本県中部に位置する緑川流域の3つのエリアで利用できるように開発を進めている段階で、実際に地方自治体との連携が進んでいる。

「福岡県古賀市と長崎県島原市との間には包括的連携協定があり、防災に協力してほしいとの声をいただき、自治体の協力を得ながら一緒にアプリを開発しています。災害のリスクは全国一律ではなく、地域ごとに異なります。過去に津波の被害があった土地、火山の噴火リスクを抱える土地など、それぞれの地域の特徴に応じた防災情報が必要です」。

ため池が多い古賀市では、ため池が決壊した場合の浸水想定データをアプリに組み込み、雲仙普賢岳のふもとである島原市には、溶岩ドーム崩壊といった火山の噴火災害から避難するためのデータを組み込むという。

開発を進める上で1番のネックとなったのは、新型コロナウイルス感染症の流行だ。県を跨いだ移動がしづらく、多くの人が集まる現地での実験もできなくなってしまった。

「早く完成させたいのですが、コロナ禍でなかなか各地に行けないために開発に時間がかかっています。当初から対応エリアとして開発を進めていた熊本県緑川流域にも足を運びづらくなってしまったため、防災クイズを地元の方に考えてもらうように変更して対応していただく予定です。クイズを考えていただくことで、住民の防災意識の向上にもつながる効果も見込めます」。

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今後の展開について森山教授は「2022年3月頃までにまずは利用可能な地域を限定したバージョンのリリースを目指しています。防災用のアプリはなかなかダウンロードしてもらえないという課題もあるため、防災GOを発展させてユーザー数の多いグルメ情報や観光情報などを発信している地域情報アプリの中に、防災が一つのコンテンツとして存在することが最終的な目標です。その他にも、防災GO内のゲームで得たポイントを地域で使えたり、防災関連の施設に寄付できる仕組みを作ったりすることも考えています。多くの方に利用していただき、防災リテラシーの向上を目指したいです」と意気込みを語った。

ライター:平川朋子

平川朋子

IT系の出版社を経て、フリーランスのライターに。主な領域はITやBtoB関連。企業のWebサイトやプレスリリース、パンフレットの制作などにも携わっている。

Twitter https://twitter.com/tmkmmmn