事例 知識

作業時間の大幅短縮を実現「おきなわ物産センター」の小さな挑戦

神奈川県横浜市鶴見区にある「(株)おきなわ物産センター」

DX化が声高に叫ばれるようになった昨今ではあるが、製造業の現場ではいまだにアナログから抜け出せないケースも数多く存在する。

そんな中、神奈川県で沖縄商材の小売・卸売、イベント、製造事業を展開する「おきなわ物産センター」の工場では、従来の手作業による記録から脱するために、製造日報アプリを導入し、生産性向上を成功させた。

その背景を代表取締役社長である下里優太氏に聞いた。

【関連記事】
「モノ売りからコト売り」へ転換した老舗醤油屋のビッグデータ活用法
難しいニュース記事も正確でスピーディに要約「タンテキ」その独自の開発手法に迫る

アナログからデジタルへの移行

神奈川県横浜市鶴見区で1986年に創業した「おきなわ物産センター」は、沖縄商材の小売・卸売、イベント、製造事業を展開する社員26名の中小企業だ。沖縄の食材や物産品など1,000アイテムほどを扱っており、店舗・Webで販売するほか、沖縄そばとサーターアンダーギーは自社工場で製造もしている。

YouTube動画で沖縄の文化や食材、物産品の魅力を発信する(株)おきなわ物産センター 代表取締役社長 下里優太氏

下里氏は父親の跡を継ぎ、2016年に代表取締役社長に就任。アナログから抜け出せていない製造現場の状況に危機感を覚えたのは今から約3年前のことだった。

「外部の企業とコンサルタント契約をしたことで、もっとデジタルを導入していかないと時代に取り残されてしまうと気付かされたんです」。

本業以外の知識や経営に関するノウハウはもちろん、競合他社や他業界の最新のトレンドについても情報を仕入れられるとあって、孤独に陥りやすい経営者にとってコンサルタントは頼もしい味方になってくれると下里氏は感じている。

まずは無料のクラウド勤怠管理システム「IEYASU」を使うところから始めた。想像以上に給与計算が楽になり、時間もコストも削減できたと実感した下里氏は「もっとデジタルに力を入れなければ」と、改めて決意する。そこで出会ったのが、モバイルアプリ作成ツール「Platio(プラティオ)」だった。

入力ミスやタイムロスを削減、「作業効率アップ」と「見える化」を実現

「Platio」は業務に合わせたアプリを自社で作成できるクラウドサービスだ。下里氏はこれを、沖縄そば麺やサーターアンダーギーを加工製造する工場に導入しようと考えた。

「これまでは製造時間や工数を現場の担当者が紙に記録し、週に1度事務所に持ち帰ってパソコン上でExcelに転記していました。さらに、そのデータを印刷して履歴を紙で保管していたんです。しかし、これだと1週間のタイムラグが発生するし、入力ミスによるヒューマンエラーも少なくありませんでした」と、下里氏は話す。

そこで3日ほど時間をかけ、コンサルタントやWeb制作会社の力も借りて、「Platio」で製造日報アプリを作成し、運用を開始。

工場にいながらリアルタイムでスマートフォン上から製造報告の入力ができるようになったため、報告業務フローが大幅に短縮され、1人当たり毎月4時間の作業時間削減も実現した。

下里氏自身も、いつどこにいても報告を受け取れるため、タイムロスがなくなったという。さらに、集計データをもとに商品製造量の平均値を算出し、グラフによって「見える化」できたことで、生産効率が上がったほか、現場で作業に当たる社員たちの意識改善にもつながった。

例えば、1年前の同月のデータを見ようと思ったら、以前は分厚い台帳を棚から探して下ろしてきて確認していたが、今は画面をスワイプすれば確認できる。

利便性は飛躍的に上がった。

作業現場の声をすくい上げて改善し続ける

 とはいえ、ずっとアナログを貫いてきた職場をデジタル化することについて、反感は生まれなかったのだろうか。

この問いに対し、下里氏は「現場の方々はアルバイトを含めて40~50代が圧倒的に多く、決してデジタルネイティブ世代ではありません。そこで、まずは自分自身が試して『これなら簡単かつ確実に使える』という確信を持ってから、導入に踏み切りました。『絶対に皆さんの仕事が楽になります』と真剣に伝えることで、前向きにとらえてもらえたと思います」と話す。

沖縄そばの加工現場、スマートフォンで製造報告する従業員の様子

沖縄そばの加工現場、スマートフォンで製造報告する従業員の様子

また、新たなデバイスを投入する必要がなく、使い慣れたスマートフォンで作業ができるという点も、すぐに現場で馴染めた要因だろう。柔軟性がある点についても、下里氏は評価している。

「『Platio』はテンプレートをベースに自分たちでブラッシュアップしながらニーズに合ったアプリを作り上げていけるので、現場の声を都度反映できるのも魅力でした。使い始めてから何度も改善を図って3カ月ほどで現在のスタイルに落ち着いたので、想定していたよりも導入ハードルは高くなかったように思います」。

最初は入力ミスなどのリスクヘッジのため、念のため紙にも書くなど、二重で作業が発生し、大変だったそうだが、短期間でスムーズにシフトできたそうだ。

また逆に現場から「これまで紙で使っていたような余白や引き継ぎ事項をメモするスペースも欲しい」など改善の要望まで上がってきたという。

作業時間の削減で、新製品へ注力、目指すは売上2倍

 現在の年商は2億円弱。下里氏はこれを、3年以内に3~4億円まで伸ばすことが目下の目標だという。

「作業時間の大幅な削減によって、工場では新製品の開発に力を入れられるようになりました。実は、2022年からスタートするNHKの連続テレビ小説『ちむどんどん』は沖縄が舞台で、弊社が拠点を置く鶴見区も登場します。きっと沖縄がフィーチャーされていくに違いないので、現在はイベントや新たな名産品の開発など、あらゆる仕掛けを考え中です。そのためにもDX化をさらに促進し、人と時間の余裕を生み出すことが大切だと思っています」。

「まだまだ課題はたくさんある」と語る下里氏。次なる一手は、ネットショップの在庫管理へのDX導入だ。

製造量や製造時間をデータ化し、生産成功率を目指す

「商品の棚卸しや仕分けの人的ミスを減らし、社員の作業負担を軽くすることで次のステップを目指したいですね。さらにその次は、飲食店・物産店と、導入できる余地はまだまだありそうです。実は当社は、コロナ禍でイベント事業が大幅に減り、卸売も飲食店の影響で売上を落としましたが、店舗やネット販売は大きく伸長したため、会社としては生き残ることができたんです」と振り返る。

【関連記事】
「モノ売りからコト売り」へ転換した老舗醤油屋のビッグデータ活用法
難しいニュース記事も正確でスピーディに要約「タンテキ」その独自の開発手法に迫る

そして今後についても「まだまだ完全なDX化にはほど遠いですが、ここに力を入れていかない限り、中小企業は衰退していく一方です。AIに仕事を取って代わられるんじゃないかなんて危惧する声も聞こえますが、僕らは小売なので、対面販売では沖縄に特化した経験や知識までお届けすることができます。決済など機械が得意なところは機械に任せて、人は、人の頭を生かせるところに集中する。そうやっていけばいいと思っています。また例えば、日本の店舗にはサンプルだけ陳列して、実際の在庫は海外の倉庫や物流センターに保管しておき、QRコードで注文をしたら自宅に届くような配送イメージも頭の中にあります。いっぺんにいろんな設備や機能を変えられなくても、知識やイメージだけでも持っておけばいざ変化を求められた場合でも慌てず焦らず臨めるかなと思います。今後も情報をたくさん仕入れ、生き残っていくためにも進化し続けていきたいですね」と見据えている。

リスクを最低限に抑えながら踏み出した小さな1歩が、大きな変革の扉を開けてくれたようだ。

ライター:戸田かおり

戸田かおり

福岡市出身&在住。雑誌編集や企業広報、広告制作プロダクションで制作業務を経験し、フリーランスに。雑誌や冊子物のインタビューやブランディング、Webメディアの立ち上げなどに携わる。趣味は、猫、車、ボード&カードゲーム、ダーツ、麻雀。

HP http://torakoya.net/