【DX事例】創業110余年の餅店 AI&ロボット導入で経営課題解決
1908年に創業し、110余年の歴史を持つ「高石餅店」。職人5名、インターンシップ10数名を率いる5代目店主の清藤貴博氏は、就任から数年で機械化やAIによる需要予測を取り入れるなど、多くの個人商店が抱える労働力の高齢化や事業承継における課題を解決してきた。またインターンシップを積極的に受け入れることで自分たちにはない強みや視点を加えたことも功を奏したという。どんな取り組みや工夫を行ってきたのだろうか。
清藤 貴博(きよふじ・たかひろ)氏 株式会社ネクストクリエイション、エアーテック株式会社の代表取締役を務める。立命館大学経営学部を卒業。富士通にてバイヤー業務を経験した後、九州大学ビジネススクール入学。在学中「Hitachi Young Leaders Initiative」に日本代表の学生と参加。台湾で行われる国際的なビジネスプランコンテストGlobal TiCにて2010年・2014年に2度世界一になる。2016年より創業110余年の「高石餅店」の5代目店主に就任。 |
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目次
「職人に敬意を払いつつ…」老舗餅店がAIやロボットを導入した背景
地域で愛される“町のお餅屋さん”である「高石餅店」が、機械化やAI導入を進められた理由には、創業から110余年の歴史と清藤氏のバックボーンが大きく関係している。
創業した1908年当時は、門司港が開港して10年もたたない頃だった。清藤氏の高祖母が作る甘いあんこを包んだ餅は、港で働く労働者たちに愛されていたそう。初代から4代目までは女性経営が続き、男手を補う意味でもそれぞれの代で積極的に機械を導入してきた。「目先の投資を渋るよりは、将来的に避けて通れない経営課題は先延ばしせずに解決する習慣があったようだ」と清藤氏は語る。
5代目を引き継いだ清藤氏は、門司で生まれ育ち、立命館大学で経営を学び、卒業後は富士通でスマホ向け半導体のバイヤーを務めた。それから、店に戻ることを視野に入れ、九州大学ビジネススクールでMBA(経営学修士)を取得。2016年3月から正式に店を継いだ。
店に戻った当時の状況を聞くと、「大学進学で家を出て約10年、経営やビジネスの世界にどっぷり浸かっていたので、いわば共通言語が持てない状態で、職人たちとぶつかることも多かったです。良かれと思って『もっと効率良くできるんじゃないか』という話をしても、職人には職人の立場でこれまでやってきた経験や自負があります。うちは家族経営で従業員の多くは親族でしたが、親しき仲にも礼儀あり。配慮すべき点は多々ありました」と振り返る。
職人の勘や経験を生かしつつ、
生産数をデータ化し生産性向上を目指す
清藤氏はまず、すでにある優位性と現在の課題について整理をした。その時点での明確な優位性は、100年以上の歴史と長く愛されてきた餅のブランド力や常連客だった。課題は、職人たちが作りたいものを作るプロダクトアウトの発想で、顧客のニーズに合わせて作るマーケットインの考え方ではなかったこと。そのため職人の勘や経験に頼る部分が大きく、原価率のコントロールなどが徹底されていなかったことが挙げられた。
清藤氏はこう考えた。「老舗はただ長くやっていれば老舗になれるわけではない。本気の挑戦を繰り返したから今がある。例えば、あんこを手作りしていることや、全ての材料が国産であるという強みは先代が残してくれた何よりの財産。そこに敬意を払いつつ、自分の得意分野を生かして、餅の生産数などをデータ管理し、より無駄のない効率的な経営を行おう。そして、せっかく若い自分が継ぐのだから、新しいことに挑戦する餅メーカーになろう」。新しい目標も含めたビジョンを掲げ、店のみんなにも丁寧に伝え続けた。
清藤氏は意識した点について、「何を変えて、何を変えないのかという点を明確にすること。そして、伝統を受け継ぐだけでなく、さらに発展させ、現代的手法を取り入れようと決意しました。大学やビジネススクールで学んできた経営やデザイン思考が生かせるという自信もありました」と振り返る。
※デザイン思考=サービスや商品の先にいるユーザーを想定するところからスタートし、仮説を立てて、逆説的にものを作ったり、戦略を立てていく思考のこと。
労働力の高齢化をロボット導入でフォロー
生産性を上げ、事業継承の懸け橋にも
まず、職人の手作り餅を再現する「ロボット」を導入。経験は職人の財産ではあるが、平均年齢が65歳以上になっていた同店では、体力的な負担も大きな課題となっていた。先代までに餅つき機や餅切り機は導入していたが、新たに餅にあんこを流し込んで丸めるロボットを加えた。
この導入に際して大変だったことを聞くと、「事前準備に1年かかりました。ロボットを設置するために床面をフラットに改修したり、導入資金を確保するために『北九州市産業用ロボット導入支援補助金』を申請したり、ロボットの製造会社と細かく打合せを重ね、導入後もいろいろとご指導いただきました。想定外だったのは、機械の洗浄と組み立てに毎回1時間はかかることです。2時間遅く起きられるようになったけれど、終わった後に1時間メンテナンスが必要なので計1時間短縮できたかな」と清藤氏。
人の手だと1個あたり約10秒かかっていたあん詰め作業が、ロボットは1個約1秒と10倍のスピードになった。ロボットを導入したことで3人がかりだった作業を1人で進められるようになり、生産量は日産400個から同550個と約1.4倍に、労働生産性は約5倍にまで伸ばせた。スピードや時間以外の面でも、機械で製造することで手作業ならではのむらがなく、品質も高く保てるそう。
長く事業を続けていくと職人の勘や経験を受け継いでいくことが課題になるが、「機械を導入することで安定した技術を保持できるようになりました。これで終わりではなく、まだまだ改善の余地もあるが、総じて、導入して良かった」と清藤氏は導入の成果を振り返る。
フードロスや機会損失を避けるため
AIを活用した需要予測システムを開発
製造段階の機械化の次は、製造量の無駄を省く段階だ。餅や和菓子は日持ちがしないため、作り過ぎたらそれがそのまま損失となる。しかし、作る量を控えすぎても売り逃しという損失が生じる。フードロスや機会損失を避けるためには、無駄のない需要予測が肝要だ。
「従来は、職人の長年の勘を頼りに客数や売れる個数を予測し、製造量を決めていたが、もっと論理に裏付けられた予測ができないかと考えました。そこで5年前から同店にインターンシップに来ていた九州大学大学院機械工学専攻2年のインド人、マンジュナタ・リキト氏に相談したのです」と清藤氏。リキト氏が大学院で学んだデータサイエンスの知識とAI技術を活用し、需要予測ができるシステムの開発が実現した。
「具体的なやり方としては、2016年以降の日ごと、季節ごとの売り上げや祝日・年中行事などのデータをAIに学習させ、3週間かけてシステムをプログラミングした。完成後は、システムと職人のどちらが正確に予測できるかを対決させ、2回勝負の結果、両日ともAIが勝利。AIに負けた母親は『負けたのは悔しいが、安心してシステムに任せられるのはありがたい』と語ったそう。早く売り切れてしまい、機会損失が生じた日もあったので、今後のデータも入力しながら精度を高めていきたい」と考えているそうだ。
全て自分たちで成し遂げようとせず、さまざまな能力や視点を受け入れて
同店のさまざまな挑戦や変革を語る上で、インターンシップの存在は大きい。
これまで高石餅店では、イラン人研修生と新商品「シナモン餅」を開発したほか、九州大学の学生と企画した「レンガ餅」や3次元CADを活用した「花餅」などの事例がある。また、清藤氏が経営する会社の副社長は立命館大学時代の同級生でもあるインドネシア人のギラン・アンディ・プラダナさんが務めている。
「うちの強みは職人の腕や経験値ですが、そこに専門分野を追求する学生さんの視点や、外国人の文化や経験に助けられて、新しい挑戦に結び付いていると思います。企画に面白さやアイデアがあるとテレビや新聞に取り上げられることも多くなるという副産物もあります」と清藤氏。
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DXはあくまでも問題解決の手段
企業課題とゴールを明確にして必要な選択を
清藤氏は、餅店での経験を生かし、コンサルティング事業にも取り組んでいる。優秀な外国人人材の雇用や社会問題化する事業承継の支援も行い、地元北九州市を活性化する手伝いができればと考えているそうだ。
一般的にDXは大都市や大手企業から進んでいるという印象があるが、清藤氏のように家族経営や郊外の小規模店舗で成功させるコツについて聞いた。
「DXはあくまでも問題解決のための手段に過ぎません。常に今解決すべき問題に合ったDXを検討していく必要があります。場合によっては、必ずしもDXにこだわり過ぎなくてもいい。大事なのはまず自分たちの課題を明らかにすること。ロボットの導入にしろ、やはり最初は大きな費用が動きます。これを未来への投資と認識できるかというところも経営判断ですよね。事業承継をするかしないかによっても違うと思いますが、事業を長く存続させるのであれば、目先の非効率よりも持続性を考えて投資をした方がいい場合もあるかもしれません」。
戸田かおり
福岡市出身&在住。雑誌編集や企業広報、広告制作プロダクションで制作業務を経験し、フリーランスに。雑誌や冊子物のインタビューやブランディング、Webメディアの立ち上げなどに携わる。趣味は、猫、車、ボード&カードゲーム、ダーツ、麻雀。