「モノ売りからコト売り」へ転換した老舗醤油屋のビッグデータ活用法
創業260年を誇る福岡市の老舗醤油屋「タケシゲ醤油」は、醤油というモノを単に売るだけでなく、商品を通じて得られる体験という「コトの提供」に力を入れている。一時は廃業の危機もあったが、いまや全国に販路を拡大させ、売り上げをのばしている。その背景には、大手書店チェーンであるTSUTAYAと異色にも見えるタッグを組み、Tカードのビッグデータを活用したマーケティングがあった。
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廃業の危機からのスタート
タケシゲ醤油は福岡市で創業260年を越す老舗醤油屋。親戚が「五福醤油」として営んでいたが、1992年に一度廃業。一部の馴染み客たちから「醤油をつくり続けてほしい」という声を受けた現代表の住田友香子氏の父が、屋号を「タケシゲ醤油」に替えて店を継承。料理店や商品加工会社の業務用醤油など一部の馴染み客だけを相手に商売を続けていた。
2006年からは代表の住田氏と取締役で夫の良幸氏が店を引き継いだ。「この味を絶やしたくない」と店に入った良幸氏だが、「売り上げは厳しく赤字が膨らむ一方でした」と苦笑いする。
そこで2人は、一般家庭市場の開拓を決断。スーパーへの販路拡大を試みた。しかし、醤油消費は年々縮小傾向にあるなかで、すでに何十種もの競合他社の商品がひしめき合い、商品棚に置いてもらうことすら難しかったという。
店の危機を救う万能調味料が誕生
厳しい経営状況を救うきっかけとなったのが、2011年に販売開始した「博多ニワカそうす(以下、ニワカそうす)」だ。醤油をベースとした万能調味料で、煮魚をはじめ、肉じゃか、エビチリ、ローストビーフ、 和洋中華、さらにデザートソースまで変幻自在に使える「万能さ」が特徴。元々は水産加工会社向けの煮魚用の「タレ」として売られていたもので、一部のファンからの声を受け、2011年に一般家庭向けにリニューアル販売していた。
対面販売による口コミが徐々に広がるとともに、地元テレビ番組に取り上げられたこともあり、売り上げは少しずつ増えていった。
「なぜ売れる?」芽生えた疑問
ニワカそうすは、2017年9月にオープンした大型書店「六本松 蔦屋書店」でも販売をスタート。試食販売と対面販売を積極的に行い、一店舗で年間3500本の売り上げを達成した。ニワカそうすを使った関連レシピ本は、なんと同書店の料理部門で年間売り上げ1位を記録。うれしい反響の反面、住田夫婦はある疑問が芽生えた。
「商品の味や万能さには自信はあったが、なぜここまで売れているのか、細かな理由がはっきりとは分からない」。
そこで、TSUTAYA及び蔦屋書店やTカード、ポイントを運営するカルチュア・コンビニエンス・クラブ(株)グループのCCCマーケティング(株)の九州マーケティングソリューション・戸田貴之氏に相談し、同氏が共通ポイントカード「Tカード」で蓄積したビッグデータを用いたデータベースマーケティングを提案するに至った。
Tカードの分析で顧客像を探る
Tカードのデータベースマーケティングとはどんなものか。約7000万人の会員を誇るTカードのビックデータを活用し、ニワカそうすを購入する利用者の属性や利用履歴を分析する。戸田氏は「Tカードは情報粒度が細かいのが特徴。ニワカそうす購入層が他に何を買っているのかを把握することができ、商品価値の分析ではなく購入する『人』にフォーカスした分析ができます」と解説する。
つまり、ターゲットとなる顧客のペルソナ(顧客像)と、商品に求めるベネフィットの解明につながるのだ。
顧客像の分析から見えた商品価値とは?
ニワカそうすの購入層を分析したところ、「35~59歳の女性が50%以上」と判明。さらに、趣味・志向が現れやすい雑誌・書籍の購入データを分析すると、「時短」「段取り上手」などの特集が組まれた雑誌や「小学生向けの勉強法」の書籍を購入している傾向にあった。
これらの分析結果から導き出されたペルソナはこうだ。
<基本情報> | <特徴> |
・福岡県在住の40代女性
・小学生の子どもあり ・兼業主婦で、仕事と家事で忙しい ・経済的には余裕がある |
・簡単+美味しい料理+栄養満点であるのが理想
・食事は極力内食を心がけているが、仕事が忙しく料理にかける時間は限られている ・季節折々の料理も作るが、それも出来れば手間はかけたくない ・美やファッションなど自分磨きも妥協したくない |
※CCCマーケティング株式会社HPより一部引用
良幸氏は「客観的なデータを得られたことで、肌感覚でつかんでいた顧客像が間違っていなかったんだという自信になりました。また、お客さんから『助かる』って言われていた意味は、『おいしい料理を短時間でつくることができて助かった』という意味で、便利・簡単だと思っていたニワカそうすの商品価値を一歩深めてつかむことにもつながりました」と語る。
住田夫妻はこの結果から、
ニワカそうすの価値=料理に関する困りごと・悩みを解決し、食卓の笑顔を増やすお手伝いをすること
と定義。
商品を売るだけではなく、ニワカそうすを使うことで得られる料理や食卓を楽しむ体験を提供するという、「コトの提供」にこだわる販売へと戦略を大きく転換させた。
販売方針と商品のコンセプトがはっきりしたことで、対面販売のアプローチも大きく変わったという。良幸氏は「料理の悩み事を聞くことから始まり、ニワカそうすを使えば悩みをどう解決できるかと、商品の価値をしっかりと伝えながら提案するようになりました」といい、対面販売の成功率は上がったという。
さらに、顧客のニーズにあったレシピ本を制作。ターゲットの顧客が理想とするライフスタイルの提案をコンセプトに、ニワカそうすが提供する価値・体験を想像できるように仕上げた。全国の蔦屋書店などで商品を販売展開すると、取り組み前と比べて商品の売り上げが3倍に増えるという驚異の結果をもたらした。
戸田氏は「ニワカそうすのように、各地域にはまだ全国的には知られていない隠れた名品はたくさんあります。その商品価値を求めている人に最適化して伝えることができれば、全国で通用するのだということを証明してくれました」と振り返る。
コロナ禍でEC販売を強化、リーチは2か月で3倍増
タケシゲ醤油は再び販売戦略を練り直す転機を迎えている。2020年からのコロナ禍で対面販売や試食販売が難しくなり、オンラインでの販売強化を進めているのだ。
CCCマーケティングのマーケティングサポートを受け、ニワカそうすに特化したランディングページ(LP)を制作。ターゲットが求めるような商品情報や機能を紹介しつつ、新たにつくったニワカそうす専用のInstagramアカウントにレシピを載せ、LPへ誘導する動線づくりを整えた。LPとSNSを連動させた運用は2021年4月から始めたばかりだが、運用開始から2か月間で、LPのリーチ、インプレッションはともに3倍に増えたという。
良幸氏は「対面販売の際に、確実に認知が上がっている手ごたえを感じており、これはオンラインの効果だと感じています。ECサイトでも商品は小サイズより大サイズが売れるようになってきており、 ニワカそうすの価値がしっかりと伝わり、リピーターになってくれているのかなと思います」とうなずく。
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店頭販売でのコミュニケーションを重要しつつ、オフライン×オンラインのハイブリットで消費者との接点づくりを進めているタケシゲ醤油。
良幸氏は「一番に大切にしたいのはお客さんとの顔の見えるコミュニケーションです。デジタルは、なかなか対面で会えないお客さんとの出会える場所と位置づけています。対面とオンラインの長所を活かしてニワカそうすの魅力を伝え、まだ出会っていないだけで料理の困り事を抱えているお客さんに対して、食卓や料理が楽しくなるような手助けをしていきたいと思っています」と語る。
平田紀子
元記者のライター。九州の企業や観光分野を中心に取材やインタビュー、記事執筆に携わる。最近は映像周りのコトを勉強中。