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【DX事例】「歴史というビッグデータを活用」AIで世界史をデータベース化へ

福岡市に拠点を置く「株式会社コテン(以下、コテン)」では、AIを使った世界史のデータベース開発を行っている。書物や映像からしか学べない歴史上の人物やできごとを、現代を生き抜くためのノウハウやケーススタディとして生かせるのではないかと考えているそうだ。DXといえば、業務効率化や生産性向上を目的とする事例が多い中、なぜこういった切り口にたどり着いたのか、代表の深井龍之介氏に話を聞いた。

深井 龍之介(ふかい・りゅうのすけ)氏
島根県出雲市出身。九州大学文学部社会学研究室を卒業後、株式会社東芝に入社、経営企画配属。2011年にコンサルタントとして独立。2016年、企業教育の見える化と仕組み化を最初の事業として株式会社コテン(https://coten.co.jp/)を設立。2017年より歴史のデータベース化事業を開始。株式会社ウェルモ社外取締役、フロイデ株式会社非常勤取締役、株式会社オルターブース非常勤取締役、株式会社リーボ経営顧問、株式会社ジョイゾー経営顧問も務める。

先人の知恵や失敗が詰まった歴史は、
今を生きる私たちの道しるべになる

歴史といえば、授業科目の一つで、教科書に載っている年号や人名を覚えるというイメージがあるだろう。「暗記が嫌いだった」「よく理解できないまま、テストに出る部分だけを覚えた」と苦手意識を持ち、縁遠くなった人もいるかもしれない。深井氏は、歴史から何を受け取り、データベース化により何を実現しようと考えたのだろうか。

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「歴史は、ただ年号や人物を覚えるだけでは価値を感じづらいものです。そして勉強するのに膨大な時間と労力がかかります。一人の人物や一つの出来事を知るのに一冊の本だけでは偏りが出てしまうため、ある程度の量やさまざまな切り口からの情報が必要です。つまり数十冊は読まなくてはならない。よほど時間があるか、相当の歴史好きでなければ難しいですよね。ただそのレベルまで学習するとただの知識ではなく、自分の今の暮らしに生かせる道しるべにできると気付いたんです」と深井氏は膨大な歴史情報のデータベース化に踏み切った理由を語る。

確かに歴史は、いわば過去のビッグデータである。過去を分析し、未来に生かすというのは、気象予測やマーケティングなどさまざまな分野で行われてきたはずだ。にもかかわらず歴史は、記録されているだけで、未来に向けてさほど活用されていないという点に注目したのだという。

過去の歴史を分析すれば、未来に生かすためのヒントが見えてくる

歴史が未来の人々の道しるべになるというのは、当たり前なようでこれまであまりスポットが当てられていなかったというが、特に今必要だと思う理由について深井氏はこう話す。

「現在、日本を含めた先進諸国では食べるに困らない暮らしができ、文字が読める程度の高い教育水準があり、知りたいことは学べますよね。ほんの100年前まではそんな自由はなく、農家の長男に生まれたらその道で生きていくしかなかった。しかし、現代においては何にでもなれるし、どんな風にも生きられるわけです。それは幸せな反面、自分自身と向き合い、悩みをひもとき、決断を迫られる “迷いの時代”ともいえます」。

自由な働き方を実現できているイメージ

出典:west_photo- stock.adobe.com

例えば、高度経済成長期のように国が大きなゴールを設定すれば、国民が一丸となってそこに向かうという流れがあった。会社に入り、結婚をし、子どもを産み、マイホームに暮らすという価値観も当たり前であった。しかし、時代は多様化し、幸せの形も家族のあり方もさまざまで、一つの正解があるわけではない。私たち一人一人がそれぞれの価値観に合った生き方や働き方を考えなくてはならない時代にいるのだ。

そして、こうした迷いの時代においては「問題解決型の思考よりも、そもそも問題とは何かという、人文学的な考え方が大切」と深井氏は語る。「コロナ禍でなくとも、現代は激動と表現されることの多い時代、個人にとっても、組織にとっても選択の連続である。今直面する問題は何か、自分はどこに向かい、ゴールにたどり着くために何をするべきか、悩み続ける我々には、人間がこれまで築いた社会や文化など過去の歴史を分析し、未来に生かすための参考資料にする必要があると考えました」。

「漫画や映画にも」世界史というビックデータの可能性は無限大

深井氏は、「歴史以外にも哲学、社会学、社会文化人類学や海外旅行を通じて、未知の世界や文化に触れるという経験も有効。しかし、歴史をデータベースの主軸にしようと選んだ理由は、具体的かつドラマや映画を見るようなエンターテインメント性もあり、圧倒的に分かりやすいから」と話す。

映画撮影の様子

出典:Gorodenkoff- stock.adobe.com

「世界史のデータベースは無限の可能性を秘めています。分かりやすい使い道でいえば、漫画や映画などのコンテンツをつくる上で、キャラクターの人物像を掘り下げるとき、時代背景やその頃にどんな服装をしていたかという研究の入り口として使えるでしょう。また世界中の学校で行われる歴史の授業では、地図帳や資料集をめくらなくとも今学んでいる人物がいつどんな行動をしたのかをMAP上で動かして追うこともできるかもしれない。国のリーダーやその側近について深く知りたければ、全く違う時代や国のケースを比べてみるなど、より縦横無尽に学ぶことだってできるのです」。文字を読んで事実を頭に入れるのではなく、追体験をするようにエキサイティングな感覚で歴史情報を胸に刻んでいくことが可能になるのだ。

「企業においては、歴史上の偉人とその弟子から、上司と部下の相性を判断する材料にしたり、組織を導くことに長けていた人物を参考に、リーダーシップについての社内教育のロールモデルにしたり、このような使い方も考えられます」と深井氏。歴史情報のデータベース化によって人材育成や人事考課制度にも応用できそうだ。

歴史の膨大なデータベースに触れることで
“メタ認知”の視点を獲得する

家族や友人など身近なところに自分と似た考えや目標を持つ人がいなくても、歴史上の人物や出来事までさかのぼれば、共感でき、手本にしたくなるような存在に出会えることもある。

歴史上の人物イメージ

出典:hisa-nishiya- stock.adobe.com

例えば、目・耳・声の身体障害を持っていたヘレン・ケラーの家庭教師、アン・サリヴァン。二十歳から自身が亡くなるまでヘレンに寄り添い続けた彼女の生涯を知ることで、自分もこの人のように愛をもって誰かを支える日々にやりがいを感じるのではないかと気付き、道が開ける人もいるだろう。迷いや壁にぶつかったとき、彼女はどう行動したかを学ぶことで、自分の行動に影響を及ぼすことだってあるかもしれない。

または偉業を成し遂げたのに生きている間にはまったく評価をされなかった人物を知り、他者からの評価はあくまでも時代や運の影響があるのだと分かり、目先の結果にこだわるよりも自分にとって大事なことは何かを考えるきっかけになるかもしれない。

歴史の本当の価値は、世界や物事の捉え方を新しくすることにあります。広い世界に触れ、さまざまな見方や考えを知ることで自分が見えてくる“メタ認知(自分を客観視する能力)”が重要なんです。この視点を獲得する一つの手法が歴史を学ぶことだと考えています」と深井氏は語る。

誰もが気軽に検索できるようAIを活用し、
3500年分の歴史を500のタグで整理

文献に残る人類の歴史は、実に3500年分に及ぶ。「コテンのデータベースは、教科書に出てくる約3,000人の人物やインパクトのある史実を中心にまとめられています。そして、そこから共通項を見つけたり、比較をするための目印としたりして『タグ』が付けられる。これが肝であり、これがなければ検索や情報の整理が簡単にできません」と深井氏はタグの重要性を話す。用意するタグは、「生まれた場所」「肩書き」などシンプルなものが多く、約500のタグを用意する予定で、現在300程度できているそうだ。これらを組み合わせることでより複雑な検索も可能である。

「例えば『部下に殺された人』というタグで検索をすると、『織田信長』『カエサル』『張飛』らがヒットします。経営者ならこの3人の共通点を知ることで部下に裏切られないためのヒントにもできるでしょう。またデータは、MAPとも紐づけられ、GDP(国内総生産)、気象情報、人口情報なども入力されているので、より複雑な統計や分析にも対応できます」。

ただの事実の羅列やまとめではなく、分析に使える生きたデータにするためにはタグが不可欠だ。「完成させるまでには人力だけでなく、自動でタグ付けをしていくAIのおかげで効率的に進められる予定だが、完成後も多くの人が活用し、AIが学習を重ねることでより複雑で精度の高い検索が可能になります」。深井氏自身、これまでのキャリアでAIを使ったプロジェクトに関わってきたが、コテンには、データベースの概念や意義について深く理解したAIエンジニアがいて、少数精鋭でプロジェクトを推し進めている。

特定の権力に左右されない客観的データベースが開く未来

私たちが本を開くことなく、気軽に歴史のデータベースにアクセスできる日もそう遠くはないだろう。歴史と人が接点を持つことで、自然とメタ認知の視点が身につき、自分自身や自分の立ち位置を知ることにつながる。ひいては、今直面する苦難を乗り越えるためにどんな選択肢を選べばいいか、最悪の事態が起こらないようにどんなことに気をつけて過ごすかといったヒントになるはずだ。

広報活動として始めた「コテンラジオ」が人気に
「オスマン帝国」「ガンディー」など世界史上のエピソードや人物を興味深く解説

coten radio(コテンラジオ)の様子
世界史のデータベース化事業を成功させる上で最も難しいのは、AI技術でも歴史の知識でもなく、資金調達だという。「現代社会において、潜在的に多くの人がこういうものを求めているのは間違いないのですが、いわゆる目先の利益につながりやすく、ビジネス的価値が分かりやすいものではありません。歴史のデータベースに投資しようという人や会社を見つけていくのが最初にして最大の難関です」と深井氏。

広報活動として、2018年にPodcastとYouTubeで始めた「コテンラジオ」が、SNSを中心に少しずつ人気を獲得。記念すべき初開催となった「JAPAN PODCAST AWARDS 2019」で大賞とSpotify賞をダブル受賞したことでもファンが急増した。「現在はPodcastリスナーなどを中心に一般の個人からサブスクリプション形式で金銭的サポートを募っています。クラウドファンディングのフレームを利用することなく、多くの協力を得られるようになりました」。

※サブスクリプション=商品やサービスを単体ではなく、期間で区切り、課金するサービス。「コテンラジオ」の場合は、毎月1口1,000円からサポートができ、特典コンテンツが聴ける。

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「DXの意義を明確にすべき」深井氏が考えるDX推進を成功させるコツ

最後に、AIやデータベースを活用することでこれまではなし得なかった歴史のデータベース化事業に挑戦しようとしている深井氏に、DXを成功に導くコツや周りを巻き込む力について聞いてみた。「DXって、とても広い意味を持つので、何を目的にどう進めるのかを関わるチームや組織の中で定義しておくことが大切です。特にただの効率化ではなく、前例のない挑戦をするならなおさらです。

株式会社コテンの深井龍之介氏

私は、コテン以外にも5社のIT企業で役員を務めているのでDXやAIはとても身近ですが、自分がやろうとしていることの意義や必要性を明確に言語化してチームに共有するということを常に心掛けています。一般的に導入しやすいDXの切り口はクラウド化だったりすると思いますが、その組織やチームにとって目指すべきところと、そのために必要な施策をはっきりさせるだけで進度もクオリティも違ってくると思います」。

 

ライター:戸田かおり

戸田かおり

福岡市出身&在住。雑誌編集や企業広報、広告制作プロダクションで制作業務を経験し、フリーランスに。雑誌や冊子物のインタビューやブランディング、Webメディアの立ち上げなどに携わる。趣味は、猫、車、ボード&カードゲーム、ダーツ、麻雀。

HP http://torakoya.net/